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札幌高等裁判所 平成9年(ラ)104号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一  本件抗告の趣旨及び理由

別紙即時抗告状及び抗告理由書(各写し)記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  事実関係について

次のとおり付加、訂正するほか、原決定の「理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原決定二枚目表五行目の「申立人」の次に「(当時の商号・株式会社クラウンファイナンス」)を加える。

2  同四枚目表八行目の冒頭から一一行目の末尾までを次のとおり改める。

「相手方は平成五年八月末日までに残り三億円のうち六〇〇〇万円を約定どおり支払ったが、残金二億四〇〇〇万円については、同年九月二八日ころ、シー・シー・アールから弁済猶予を受けた上、当初の予定よりも一年四か月後である平成七年八月三一日までに完済した。

相手方は、右弁済猶予を受けた際、右残金二億四〇〇〇万円の支払担保として、札幌市中央区大通西八丁目、同区南二条西七丁目及び同区北五条西一二丁目に各所在の土地・建物につき、極度額三億円の根抵当権を設定し、平成五年九月二九日その旨の各仮登記をしたが、右各仮登記は、平成七年九月八日、同月一日解除を原因としていずれも抹消された。しかし、右三億円の貸金債権の金銭消費貸借契約証書は、現在も抗告人が所持している。」

3  同五枚目表一〇行目の「抵当権設定登記」を「根抵当権設定登記など」に改める。

4  同五枚目裏一行目の次に行を変えて次のとおり加える。

「なお、右の席上、当時の抗告人代表者は、相手方に対し、同月二〇日の合意事項を確認する文書(乙八)を交付したが、同文書には『当社が、平成二年五月三一日付をもって貴社に貸付けた金七五億円の貸金債権については、当社はその債権全部の処理方一切を株式会社三和銀行殿に委ねていることを確認します。よって、貴社におかれては、同債権の処理についての協議、合意は、これを同銀行となされるようお願い致します。』との記載がある。」

二  抗告人の破産申立適格について

1  三億円の貸金債権について

(一) 前記一の事実によれば、抗告人が主張する相手方に対する三億円の貸金債権は、元金及び利息ともに既に弁済により消滅したことが認められる。

(二) 抗告人は、三億円の貸金債権の金銭消費貸借契約証書が相手方に返還されていないこと、領収書が存在しないことなどを理由に、三億円の弁済の事実を否定する。

しかしながら、相手方がシー・シー・アールに対し、三億円の残金二億四〇〇〇万円の支払担保のために設定した根抵当権設定仮登記が平成七年九月一日解除を原因としていずれも抹消されたことは、引用した原決定認定のとおりであるところ、右残金が完済されなかったにもかかわらず、右各仮登記の抹消登記手続をしたことを窺わせる疎明資料がないことなどからすれば、三億円の貸金債権の金銭消費貸借契約証書が抗告人から相手方に返還されず、領収書が存在しないとしても、右各仮登記の抹消登記手続がされたことにより完済された事実が裏付けられているというべきであるから、抗告人の右主張は採用することができない。

2  七五億円の貸金債権について

(一) 抗告人を債権者とする七五億円の貸金債権の相当額が残存しているところ、平成三年六月一二日に、右債権全額につき、抗告人の三和銀行に対する債務を被担保債務とする質権が設定されたことは、前記一のとおりである。

(二) 債権質は、目的たる債権の交換価値に対する担保目的に基づく排他的直接支配を内容とする権利であるから、質権設定者は、質入債権の取立て、免除・放棄、相殺の自働債権とするなどの質入債権の処分はもとより、期限の猶予、利率の切下げなど質権者に不利益な権利内容の変更をすることができないと解される。もっとも、質権設定者に質入債権の処分又は変更が禁止されるのは、質権者の利益保護を目的とするものであるから、質権者の利益を害するおそれがなく、かつ、質権者の意思に反しないなどの特段の事情があるときには、質入債権の保全のために必要な限度で、質権設定者に質入債権の処分又は変更などをする権限が認められるものと解するのが相当である。

破産制度は、破産債権者に対する平等弁済を目的とする法的手続であるが、最終的には配当による破産債権への弁済を予定した精算型の取立手続であるから、質入債権に基づく破産申立ての目的が債権の取立てにあることは明らかであるのみならず、質権の目的たる債権の取立てを破産手続によって行うか、その他の方法で行うかについては、当該債権の処分権限を有する質権者の裁量に属するものというべきであるから、質権設定者による質入債権に基づく破産申立ては、右の特段の事情がない限り、質入債権の処分又は変更に当たり許されないというべきである。

(三) これを本件についてみると、〈1〉 抗告人は、平成五年二月に、相手方との間で七五億円の貸金債権の処理一切を質権者である三和銀行に委ねることを確認した旨の文書を相手方に交付するとともに、右債権の支払を確保するために相手方から受領していた手形を相手方に返還し、かつ、右債権担保のために設定していた根抵当権設定登記などについても、三和銀行に転根抵当権などを設定した物件を除き抹消登記手続をした経緯などからすれば、抗告人は、以後の右貸金債権の保全については、専ら三和銀行に任せる意向であったものと認められること、〈2〉 相手方は、三和銀行から、右貸金債権の弁済の猶予を受けるなどして、分割弁済を概ね約定どおり履行しており、他方、三和銀行も、相手方の了解を得て、債権償却のために転抵当権を実行する以外に、法的手段に訴えることを考えていないことからすれば、三和銀行としても、相手方の財務状態を認識した上、長期分割弁済の方法により右債権を回収する方針であると推認することができること、〈3〉 破産手続により相手方の財産を換価した場合に、三和銀行において、右〈2〉の任意弁済による回収可能な金額と比べて、短期間でより多額の回収が可能であることを窺わせる疎明資料はないこと(なお、抗告人の三和銀行に対する質入債権の被担保債務の弁済について、これが確実にされることを認めるに足りる疎明資料はない。)、以上の事実に照らせば、七五億円の債権保全のため、抗告人が本件破産の申立てをすることについて、少なくとも質権者である三和銀行の意思に反しないなどの前記の特段の事情があるものということはできない。

(四) 抗告人は、破産制度の目的、質権設定者が破産申立てをしたときと他の債権者が破産申立てをしたときとでは、質権者の配当金額等の利害状況に相違がないことなどを理由に、抗告人にも破産申立権が認められるなどと主張するが、質権者としては、質権の目的たる債権の取立てを破産手続によって行うか、その他の方法で行うかについて、重大な利害関係を有しており、質権者が自ら破産申立てをした場合と、他の債権者が質権者の意思に反して破産申立てをした場合とを同列に論じることはできないというべきであるから、抗告人の右主張は採用することができない。

(五) そうすると、抗告人の本件破産申立ては、質入債権の処分又は変更に当たり、許されないというべきである。仮にそうでないとしても、既に認定説示した状況の下(なお、既に認定した事実によれば、抗告人が現在三和銀行に対して負担している債務の額は、前記質権が設定された七五億円の債権の額を相当上回り、右債権が全額回収されたとしても、抗告人の手元に残るべきものはないことが明らかである。)でされた本件破産申立ては、破産申立権の濫用に当たるというべきである。

したがって、抗告人の本件破産申立ては、不適法であるから却下すべきである。

三  本件記録を精査してみても、原決定には、他にこれを取り消すべき違法事由は認められない。

よって、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(別紙)

即時抗告状(写し)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

相手方を破産者とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

追って提出するが、抗告人の主張は、要するに、金三億円の貸金債権は現存しており、また債権に質権が設定してあることは、破産申立の障害事由とはならない、ということである。

抗告理由書(写し)

第一、七五億円の貸金債権関係

一、争点は申立債権者の債権が質入れされていても、破産申立適格があるか、である。

原決定はこの点につき「本件のような債権者申立の破産事件において申立債権者の債権が質入れされている場合には、実体法上の債権者ではあっても破産申立適格を否定すべき場合があり得る。」と説示している。この趣旨は、申立債権者の債権が質入れされていても原則として破産申立適格があるが、例外的に「破産申立適格を否定すべき場合があり得る。」というのであろう。そうであれば、右の原則と例外を分ける基準を示さなければならない。しかしながら原決定は「債権を質入れしていても、自己の被担保債務の弁済が見込まれる場合には、将来自己に当該債権の処分権が戻ってくることに備えて破産原因ある債務者に対して破産申立てをする権利を認めるべきであるし、また、債務者に破産原因があることを知った質権設定者が質権のための保存行為として債務者の破産を申し立てることも認められてしかるべきである。」としか言わない。質権設定者の被担保債務の弁済が見込まれる場合、質権設定者に破産申立適格を認めることになんら異論はない。しかし原決定は前記のとおり「申立債権者の債権が質入れされている場合には、実体法上の債権ではあっても破産申立適格を否定すべき場合があり得る。」と説示したのであるから、どんな場合に申立適格が否定されるかそしてその否定の根拠を明確に説明すべきである。それにもかかわらず、原判決は「……場合には、……破産申立てをする権利を認めるべきである……」との論理展開しかしない。これは自らの立てた命題の根拠を全く示さないに等しい。理由不備の決定である。

二、原判決の言わんとしたところをその文脈から無理に推測すれば、破産申立適格を否定すべき場合とは、質権設定者の被担保債務がすべて弁済され質権が消滅して当該債権の処分権が質権設定者に戻ることの見込まれないときである。」というのかも知れない。原決定は全くその根拠を述べていないから噛み合った議論はしにくい。しかしどう考えても、右の(推測した)基準に合理性をみい出すことはできない。

破産制度の最も主要な機能は債務者の資力が欠乏している場合、各債権者の我勝ちの行動を抑え抜駆けを禁じて、多数債権者の利害を調整しながらその平等な満足を与える点にある。このことはいうまでもない。破産申立適格の有無を判断するにあたっても、この原点から考えていかなければならないはずである。

質権を設定してあるとはいえ、当該債権に対して配当が為される。質権者が質権に基づいて配当金を受領しはするが、あくまで当該債権に対し配当が為されるのである。質権者が得た配当金は質権設定者の債務の弁済に充当されるから、配当が為されることによる利害は、質権が設定してあろうとなかろうといささかの相違もない。債務者の資力が欠乏し、早い者勝ちの債権取立てが横行することによる損害は、当該債権者への質権の設定の有無にかかわらず等しく生ずる。従って、原決定の如く質権設定者の被担保債務のすべてが弁済され質権の消滅する見込みのあるなしを基準として破産申立適格の有無を判断する論理に合理性を見い出すことは困難である。

三、次に原決定は「申立債権者を除いては、三和銀行はもとより大口債権者は、債務者の財務状態を十分知った上で長期分割弁済の方法で自らの債権を回収する手段を選択しており、現時点での破産申立ては他の大多数の債権者の意思に反する。」と説示している。

この説示には二つの問題点がある。ひとつは、原裁判所は如何にして「大多数の債権者の意思」を認定したかである。債務者に債権を有する者は少くない。しかしこれら債権者の意思を的確に認定する証拠は提出されていない。この事実認定は相当乱暴である。

またもうひとつの問題点は、破産法の定める破産原因があっても、「大多数の債権者の意思」の一致があれば破産宣告を阻止し得るのかという点である。もしこれを肯定すれば、少数派の債権者は破産法による保護を受けられないことになる。これは多数派の横暴を許す法解釈であって、とうてい首肯し得ない。

四、以上の如く原決定の説示するところは、いずれも論拠たり得ないものであって、原決定は破棄を免れない。

第二、三億円の貸金関係

原決定は、本件の三億円の貸金は、すべて弁済されたと認定している。しかしながら原決定も認めるとおり右三億円の貸金の債権証書は債権者の手元にある。一方、領収書は存在しない。また右三億円の貸金に対する弁済を立証するその他の的確な証拠が存在するわけでもない。原決定の右事実認定は、証拠に基づかない認定である。

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